歴史的高騰を見せるサンフランシスコの家賃及び住宅価格。その理由は一体何なのか?後編
もはや異常!?歯止めがかからない住宅価格 ー 供給編
前編:現在の家賃高騰状況と需要編はこちら
前編では、現在のサンフランシスコ市内の家賃がいかに高騰しているかの現状説明と、その背景には何があるのかを、需要面にフォーカスして記載した。その理由には、①:大手IT企業で働く若い社員が都心のサンフランシスコ市内に住むことを好むこと、②:国内外からのテック系人材の大量流入、③:ベンチャーキャピタルからの巨額の資金流入、といった需要を押し上げる要因がいくつかあることを指摘した。ここからは供給サイドと売買マーケットの話をしよう。この家賃高騰の背景には、供給サイドの問題も多く隠されている。
理由④:低層階の建物しか建設出来ない規制
図4はサンフランシスコの『ゾーン規制マップ』である。これが何を表しているかというと、黄色い部分は、4階建以上の建物が建設出来ないよう、規制されているゾーンなのだ。下図を見ればお分かりの通り、街のほぼ全域が黄色、つまり低層階の建物しか建設出来ない規制対象になっている。
東京やニューヨークのように、高層マンションが軒並み建設されれば、供給が大幅に増えるため、この住宅価格上昇にも歯止めがかかる可能性が高い。しかしながら実際には、景観保護を目的とした規制により、新規の建設が出来ない状況になっている。
ここ最近、サンフランシスコではミッションベイ(図4中の濃いオレンジ色のエリア)と言われる、カルトレインの駅周辺地域に高層マンションの建設が続いてきた。逆に言えば、この周辺とファイナンシャル・ディストリクトと呼ばれるエリアしか高層マンションの建設が許可されていないため、この近所にのみ建設が集中してきたと言える。しかし、それは急増する需要に追いつくだけの量を提供できていない。つまり限られたパイを、急増するテクノロジー系労働者で奪い合っている状況なのだ。
少し高台から見たサンフランシスコの街には高層ビルが見当たらない。
また、ネイバーフッド・アソシエーションと呼ばれる近隣住民による組合が、結束して新規建設に対し反対運動をすることも決して珍しくはない。なぜなら、既に家を所有している人からすれば、家は少ないほど自分達の住む家の価値が上がるからだ。この既得権益との戦いも建設を妨げる理由である。
理由⑤:レント・コントロールよって保護される人々
供給面の問題はこれだけではない。これだけ家賃が高騰しているにも関わらず、一部の人は非常に安価な料金でこの街に住んでいる。それは『レント・コントロール』と言われるもので、昔からサンフランシスコに住む人が、高騰する家賃で追い出されないようにするために、賃料の値上げを制限し、住民を保護する法律。通常の物件は家主が市場状況に応じて自由に賃料を上げられるため、2009年以降、毎年1割〜2割もの値上げがなされてきた。その一方で、レントコントロールがかかっている物件では、法律により上げ幅が制限されており、2011年と2012年は最大でも0.5%、2013年と2014年は最大でも1.9%までしか上昇していない。この法律は1979年6月13日以前に建設された古いアパートにしか適応されないが、元々古いアパートが多いサンフランシスコにおいては、全体のレンタル物件23万7800件中、実に17万2000件がその対象。つまり全体の72.3%もの物件に、レント・コントロールがかかっていることになる。こういった物件の賃料は他より格段に安いため、出て行く人もあまりいない。結果、数少ないコントロールのかかっていない物件だけが市場に出回り、少ないパイを巡って家賃の高騰が発生するのである。
また、レント・コントロールとは別に、もう一つ住民保護がある。世帯収入が少なければ、低所得者用に用意された物件に入居もしくは購入することも可能となっている。
では、売買マーケットはどうなのか?
賃貸がこれだけ高額なので、売買マーケットももちろん高額で、サンフランシスコ市内の戸建住宅とコンドミニアム(日本で言うマンション)の売買中心価格は2015年10月現在で$ 1.2ミリオン(約1億4,400万円)となっている。
図5:サンフランシスコの住宅・コンド売買中間価格の推移 出典:パラゴン・リアルエステート
若干の季節要因変動は含んでいるものの、リーマンショックから住宅市場が回復した2012年から断続的に上昇し、たった3年の間に$ 615,000(約7,380万円)から$ 1,2ミリオン(1億4,400万円)と、約2倍にまで上昇していることが分かる。
この数値がいかにカリフォルニア州やアメリカ全土の平均値からかけ離れているか、というのが下図6を見るとよく分かる。
図6:サンフランシスコ、カリフォルニア州、全米の戸建住宅中央値 出典:パラゴン・リアルエステート
戸建て住宅価格の、サンフランシスコの中央値が$ 1.3ミリオン(約1億5,600万円)であるのに対し、カリフォルニア州は$ 476,000(約5,712万円)、アメリカ全土では$ 220,000(約2,640万円)と、非常に大きな差がある。
テック系人材であれば買えるレベルなのか?
需要面を押し上げている要因として、サンフランシスコ含むベイエリアのテクノロジー系企業の隆盛と、そこで働く従業員が大きく関係していることは前回指摘した。では、彼らのようないわゆる『高級取り』であれば、アメリカ全土とこれだけの差があったとしても購入可能なレベルなのか?という点について考えてみたいと思う。
下図7は、ここに記された著名IT企業で働く中級〜上級のエンジニアが、平均で年収を幾らもらっていて、さらに自分の会社から半径0.5マイル(約800メートル)以内の物件に住もうとした際に、支払わなければならない賃料を表にしたものだ。そして、税引き後の手取りに占める賃料の割合が、最後のパーセンテージである。
図7:著名IT企業・ユニコーンスタートアップエンジニアの給料と賃貸の関係 出典:RadPad(アパートサーチ会社)
例えば、シェリング・エコノミーの代表格であるAirbnbのエンジニアは、平均して$120,000(約1,440万円)の年収を得ていて、半径800メートル以内に住みたければ、1ベッドルームで$3,395(約40万5千円)、2ベッドルームで$4,683(約56万2千円)の家賃を支払うこととなる。これは手取りに占める家賃の割合が、54%にも昇るということだ。
アメリカでも、日本と同様に家賃は実際の手取りの3割程度に抑えるのが良いとされている。年収にして、$115,000(約1,380万円)〜$160,000(約1,920万円)を稼ぐ、中級〜上級のテクノロジー系エンジニアですら、半分前後の手取りを賃料に費やさないといけない状況なのだ。そのパーセンテージを下げようとするならば、ルームメイトもしくは同等の収入を持つ配偶者を見つけるか、家賃が低いエリアに住むよりほか、無いのである。
手取りの半分前後も賃料に費やしていては、貯蓄は難しい。ちなみに、子供を持てばその保育費用も日本とは比べものにならないほど高額だ。共働き夫婦が、2歳以下の幼児をフルタイムで預けた場合の保育料は、月$2,200〜$2,500(約26万4千円〜約30万円)ほど、2歳以上で$1,700〜$2,000(約20万4千円〜約24万円)ほどが相場となっている。つまり、年収にして3万ドル(約360万円)ほどの収入であった場合には、預けることによって逆にマイナスになる可能性があるのだ。つまり、それより高額の収入を得ていなければ、共働きを続けることも困難である。
仮に現在の中心価格である、1.2ミリオン(約1億4,400万円)の家を購入したとしよう。頭金(ダウンペイメント)で20%、つまり24万ドル(約2,880万円)を支払ったうえで、現在の利子率で計算すると30年ローンにして月々の支払いが、おおよそ5,700ドル(約68万4千円)となる。それに加え、古い家の多いサンフランシスコでは、追加で家の修繕費(現状の家の状態にもよるが、数百万〜一千万ほど)を考える必要があるケースが多い。加えて税金の支払いも必要だ。
いくら高給取りのテクノロジー系ワーカーとはいえ、配偶者が同等レベルの収入を持たない限り、現在のサンフランシスコではマイホームは遠い存在であろう。
日本企業へのサジェスチョン
シリコンバレー型のイノベーションが日本でも注目されるようになって久しい。実際にシリコンバレー(サンフランシスコ含むベイエリア一帯)に拠点を持つ日本企業の数も、1992年の調査開始以降最大数だった、ドットコムバブル時(680社)を超え、2014年には過去最高の719社となった(2014年 北加日本商工会議所及びジェトロ調べ)。
同じくジェトロの報告書によると、進出時に日本企業が直面する問題として、『雇用コスト』を一番に挙げる企業が多いようだ。つまり、日本本社と給与水準を合わせようとすると、給与が安すぎて優秀な人材が獲得できない。しかし、あまりにも日本本社と差をつけてしまうと、日本からの駐在員や本社社員と、現地採用者との間に給与格差問題が発生してしまう。
上図7からも読み取れるように、確かにテクノロジー系ワーカーの給与は日本より高額だ。しかし、日本とは事情が違う。家賃はこれだけ高額で、養育費も非常に高額、医療保険含む医療費もまた、日本とは比べものにならない高額さなので、当地に住むリビングコストと物価を考えればこれだけ貰って当然なのだ。これを日本の給与水準に当てはめて、給与格差が発生すると懸念していてはいけない。「郷に入っては郷に従え」、個人的には給与格差は発生してしかるべきと判断するべきと思う。