歴史的高騰を見せるサンフランシスコの家賃及び住宅価格。その理由は一体何なのか?前編
もはや異常!?歯止めがかからない住宅価格 ー 需要編
ここ最近サンフランシスコを訪れたことのある方は、『物価高いな、レストランで食事をすると結構高く付くな』といった感想を持たれたのではないだろうか。もちろん、現在の円安為替の影響もあるが、それだけではない。本当に値上がりしているのだ。その背景には、人件費の高騰と、賃料の高騰にある。
家賃が高いといってもどれくらい高いのか?
全米一家賃の高い場所はどこかご存知だろうか?それは現在、サンフランシスコである。ニューヨークやロサンゼルスといった、アメリカきっての大都市ではなく、サンフランシスコが最も高額ということを、意外に思うかもしれない。
ここに実際のデータがある。賃貸マーケットプレイスを運営するZumper社調べの2015年9月の全米家賃ランキングでは、1位がサンフランシスコで、1ベッドルーム(日本で言う1LDK)の平均賃料が月$3,530(約42万4千円)、2位のニューヨーク:$3,160(約38万円)や3位のボストン:$2,270(約27万3千円)を大きく引き離している。
図1:2015年9月の全米1ベッドルームの家賃ランキング 出典:Zumper
これをご覧になって、ニューヨーク市をよくご存知の方は、ニューヨークといっても、それはクイーンズやブルックリンを含んだ価格で、マンハッタンの中よりも高いということは無いだろうと思うかもしれない。しかし実際には、マンハッタン:$3,250(約39万円)の中に住むよりも、サンフランシスコ市内に住む方が高いのだ。
2ベッドルーム(2LDK)の価格はもっと強烈だ。1位サンフランシスコ:$4,900(約58万8千円)、2位ニューヨーク:$3,640(43万7千円)、3位ワシントンDC:$2,970(約35万7千円)となっている。これはあくまでも市全体の平均価格である。
つまり、夫婦2人と子供1人の三人家族(アメリカでは家族三人ならば2ベッドルームが普通)が、治安にあまり問題のない、人並みのところに住みたいと思えば、サンフランシスコでは月額58万8千円もの家賃を支払わないといけない。我々日本人の感覚からすると、もはや異常な数値である。
図2:全米の賃貸価格の中間値ランキングと、その対前月・対四半期・対前年上昇率 出典:Zumper
こんな高額な家賃を払って、どんな素敵な部屋が出てくるのかと思うかもしれない。しかし実際には、築100年近い古びた家や、洗濯機が部屋の中に無く住民が共同で使用しないといけない、といった、え!?と思うような物件も多い。また、最初の契約から一年が経過した後は、月々の更新となり、通常は家主側がいつでも家賃を上げられるようになっている。実際にサンフランシスコの1ベッドルームの賃料は、対前年比で13.9%、2ベッドルームの賃料は、対前年比で21.0%も上昇している。筆者の周りでも『更新のタイミングで300ドル家賃が上がった、500ドル家賃が上がった』などという話はザラなのだ。
また、この高騰が今年に限った話ではなく、リーマンショック後の2009年から留まるところを知らず続いており、現在のところ青天井となっていることが問題なのだ。
日本では年収一千万円というのが、一つの価値基準になっているが、仮に年収一千万の方の手取りが700万円台だとすると、サンフランシスコ市内では家賃を払いながら家族を養うというのは、非常に難しいということになる。
もちろん住宅価格というのは、需要と供給の関係で市場により決定される。単純に言えば、それだけサンフランシスコ市内に住みたい人が多く、売り手市場ということだ。かく言う筆者も、昨年家を購入しようと、色々な物件を見て回った。住宅の購入は、基本的に入札方式なので、最も高い入札金額を提示した人が、その家を購入できることとなる。筆者も、すれすれのラインを狙って落札を試みたのだが、結局のところ、入札合戦に負けて購入できなかったという苦い経験を何度かした。これはBidding War(ビッディング・ウォー)と呼ばれ、一つの物件に対して何十人も入札を試みた結果、価格が高騰するという現象。サンフランシスコではビッディング・ウォーは珍しいことではなく、常に起こっている。売り手側も、ビッディング・ウォーになることがわかっているので、敢えて市場想定価格よりも少し安い金額を初期価格に設定し、より多くの人の関心を引きつけよう、という手をよく使ってくる。では、なぜここまで家賃も住宅価格も高騰しているのか、その理由を紐解いていこう。
理由①:大手IT企業の若い社員が都心を好むため
よく言われるのが、Google, Facebook, Apple といった大手IT企業に務める若いエンジニア達が、本社のある郊外ではなく、都心のサンフランシスコに移り住んでいるという点。こういった大手IT企業では、社員専用に、Wi-Fi完備の快適なシャトルバスをサンフランシスコ⇔本社間で走らせているため、通勤はさほど苦にならない。サンフランシスコ市内でいくつかのコースを用意し、複数のシャトルを走らせているので、停留所もいくつもある。こういった停留所近くの物件は賃貸、売買も含めてここ数年間で高騰してきたという事実もある。また、大手IT企業は需要に合わせて、ここ数年でサンフランシスコ市内にもオフィスを新設してきた。
しかし、それだけでは説明がつかない。何故なら、サンフランシスコ郊外(サウスベイやイーストベイ)の物件も家賃、売買含め高騰しているからだ。特に郊外の優秀な学校区や、比較的素敵なダウンタウンを抱えるようなエリアは、どんなボロ屋でも$1 million(約1.2億円)以上する。加えて、2015年10月に発行されたサンフランシスコの運輸省(MTA)調査による、大手IT企業で働く通勤族の数は8,500人。人口約80万人のサンフランシスコの人口からすると1%強と、ごく一部にとどまる。
理由②:国内外からのテック系人材の大量流入
実際には、こういった大手IT企業も、中堅IT企業も、新興ベンチャー企業も含めて、国内外から人を惹きつけているといった方が正しい。魅力的な待遇と、当地ならではの可能性を求めて、他州からはもちろんのこと、国外からも人が押し寄せている。実際に、既に高給取りのサンフランシスコのソフトウエア・エンジニアを新規で雇うよりも、移転コストを負担してでも他州や国外の人材を呼び寄せるケースも多い。サンフランシスコで優秀なエンジニアを新規で雇用することは、以前にも増して、より難しくなっている。
国外からの流入も非常に多い。現在のところ、企業内勤務者用ビザ(Lビザ)の発行は、応募が多すぎて、許可されるのは申請者の3分の1程度。優先産業(つまりIT)の従業員以外は通らなくなっていると聞く。
実際に図2のデータを見てみると、対前年比で大幅な家賃上昇を見せているのが、サンフランシスコに加えて、4位:サンノゼ、6位:オークランドといった広義のシリコンバレーであることに気づく。リーマンショック後の2009年や2010年には、10%近かったサンフランシスコの失業率も、2015年8月には3.6%まで低下。法令最低賃金は、現時点で時給$12.25(約1,470円)だが、2018年までに段階的に$15(約1,800円)まで引き上げられることが決定している。約1,800円というと、東京の最低賃金の約2倍の水準だ。非常に低い失業率と、高い最低賃金、増える人口。つまりサンフランシスコ・ベイエリアは空前の好景気と言える。
理由③:ベンチャーキャピタルからの大量の資金流入
別の見方もある。ベンチャーキャピタルからスタートアップへの大量の資金流入が、この街の家賃の高騰に一役買っているという、具体的なデータが出てきた。同じく賃貸マーケットプレイスを運営するZumper社調べによると、ベンチャーキャピタルから、$1 billion(約1200億円)の資金がスタートアップに流れる毎に、街の家賃を1ベッドルームで$69(約8,280円)、2ベッドルームで$99(約11,880円)押し上げる力があるというのだ。2014年単体で、サンフランシスコのスタートアップには、$15.471 billion(約1兆8565億円)のベンチャー投資がなされた。単純計算で、1ベッドルームでは、$69×15.471=$1,067、2ベッドルームでは$99×15.471=$1,531 という家賃上昇を生み出したというわけだ。つまり、現在の家賃の3分の1に相当する金額は、これらのベンチャー投資に起因する家賃高騰というわけだ。
もちろん、それ以外にも家賃上昇の要因はあるので、一概にこの3分の1という数字だけを見ることは出来ない。しかしながら、資金が投下されれば、当然ながらそれは現在の社員への給与や新たな雇用を生み出すことに繋がり、ヒト・モノ・カネが動く。スタートアップへの巨額な投資と家賃上昇に相関関係があることは間違いないなさそうだ。
図3:ベンチャー投資と家賃上昇の相関関係図 出典:Zumper
ここまでは、現在のサンフランシスコにおける家賃状況の説明と、需要サイドの話である。後編では、この家賃高騰の背景にある供給サイドの話をしよう。
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