サンフランシスコ・ベイエリアの『食』領域で活躍する日本人オーナーに迫る 酒ブルワリー前編

「メイド・イン・サンフランシスコ」の日本酒作りを追った

ーサンフランシスコ初の酒ブルワリー「セコイヤ・サケ(Sequoia Sake)」ー

 ここ数年のマイクロ・ブルワリーブームも手伝って、サンフランシスコ市内には、30軒弱の小規模ビールメーカーがひしめいている。ベイエリアといって、サンフランシスコを含む近郊全体では、なんと120ヶ所を超えるマイクロ・ブルワリーもしくはブリューパブ(brewery + pub : ビールの醸造と提供を同じ場所で行うパブ)がある。

 こういったマイクロ・ブルワリーが作っているのは全てビール。今まで日本酒を作るブルワリーは聞いたことがなかったのだが、それに第1号として挑戦している夫婦がいる

 20年間もの間、IT系の仕事をしていたという夫妻が、どうやって酒作りをすることになったのか、その経緯・現状・今後などを取材した。

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生酒好きが転じて、マイクロ “Sake”ブルワリーの道へ

 結婚後10年間をアメリカで過ごし、その後の10年間は日本で、そして5年前に再度アメリカに戻ってきたというMyrick&亀井夫妻。2001年から2011年の10年間、日本で生活する間に日本酒、中でも生酒にすっかりハマって、色々な生酒を楽しんだという(生酒とは製造工程で一度も火入れをしていない、フレッシュな味や香りを楽しめる日本酒のこと)。しかし、アメリカに戻ってきて生酒を買おうとしてもなかなか手に入らない。日本酒の専門店に行くと、いくつかは生酒を置いているが、実際に飲んでみると「生酒」らしさがなかった。

 だったら自分たちで作ろうと、4年前に自宅のガレージで生酒作り(ホーム・ブルワリー)を始めた(当地では、販売目的でなければ、無許可の醸造は合法)。最初のうちはとんでもないものが出来ていたが、何度も失敗を重ねるうちに、結構いけるなと思えるものができるようになってきた。

 そう思い始めた2〜3年前当時、北米全体で5社ほどのマイクロ酒ブルワリーがあり、そのうち3社はサンフランシスコからわりと近い、シアトルやバンクバーなどの西海岸側にあった。休暇を利用してその3社を訪れ、設備などを見学した結果、自分たちにもできるのではと考えるようになった。

 市場環境としても、良かった。一つ目は、アメリカ人の中にも「獺祭」や「大吟醸」という言葉を知っている人が増えてきたこと。そして二つ目に、サンフランシスコに根付く「ファーム・トゥ・テーブル」の考え方が、地産地消でかつ殺菌処理をしていない生酒作りにマッチしていること。三つ目に、まだベイエリアで誰もマイクロ酒ブルワリーをやっていなかったため、先行者利益が得られるのではという点。

 以上を考慮した結果、夫妻は、もうやるしかないという気持ちになっていた。起業経験があるという夫のMyrick氏と、ビジネススクールに通っていたという妻の亀井氏の経験も後押しした。2年前に「セコイヤ・サケ(Sequoia Sake)」を起業し、サンフランシスコで一番最初の酒ブルワリーとなった。

実際に酒作りをスタートするまでの遠い道のり

 以前にもご紹介したが、サンフランシスコの家賃は高い。「メイド・イン・サンフランシスコ」にしようと思えば、それだけの高い賃料を払わなければならない。しかも2014年当時も、市場はもっぱらの売り手市場。毎週末不動産ハントをしても、賃貸契約に至るまで半年を要した。

 物件探しも大変だったが、その後の半年は、基礎工事、電気工事、製造に必要な機材の手配、醸造ライセンスなどの多岐にわたるライセンス取得に費やすこととなった。規制の厳しいサンフランシスコ市内では、インスペクションの人が視察にやってきては、工事や機材について追加工事や申請を要求された。自己資本のみで運営しているセコイヤ・サケにとって、実際に酒作りが何も出来ないにもかかわらず、費用だけがかさんで行くこの時期がとても辛かったという。

sequoia-brewery上写真:実際のセコイヤ酒ブルワリーの工場内

ファーム・トゥ・テーブルの精神と日本とのコラボレーション

酒作りに関しても、課題が多かった。ホームブルワリーである程度の知識はあったものの、実際にプロとして醸造するとなると話は別。設備投資や使用する原料に関しては「醸造コンサルタント」を雇い、日本から来てもらった。

 日本酒作りに必要な原料は米、米麹、水のみ。シンプルな材料ゆえに、それぞれの材料が重要だ。米に関しては、地元サクラメント産のCalRose(カルローズ)と決めていた。ホーム・ブルワリー時代の経験や、提携している日本の独立系・酒造ラボでの分析結果から、酒造りに適した米であることがわかっていた。そして何より、地元のコンシューマーに強く支持されているファーム・トゥ・テーブルの精神に沿いたかった。セコイヤで使用する米は、精米歩合55%程度のもの(外側を45%ほど削ったもの)を使用している(いわゆる純米吟醸酒にあたる)。

麹菌と酵母に関しても、先述の日本の独立系・酒造ラボと提携。夫妻の希望と、ラボの分析から適した麹菌と酵母を提案してくれ、それを現在も日本から輸入しているそうだ。その麹菌と酵母を元に、温度管理を徹底しながら、米麹を3日間かけて作る。水はヨセミテ渓谷を源泉とする、サンフランシスコの水道水から鉄とマンガンをフィルターして使用することとした。

数々の困難を経て、起業から約1年後、ようやく生酒作りをスタートした。

後編に続く

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